「愛する人を救えるか?」

それは、突然現れた。
机の上に静かに置かれ。
衝撃を運んできた。
危険な香りとともに。
「やっとここも落ち着きを取り戻しましたね」
何も知らない看護婦はそう言った。
しかし、コンビナート爆発炎上事故の被災者で混雑した
あの混乱は落ち着いても、新たな問題が始まっていた・・・・。
「そうだな」
数少ない内情をしる佐藤医師はそう答えた。

問題は今まさに進行中である。



「おまえもめんどくさいやつだな。
こんなものさえなければ、もっと早く辞めれたのに」
事故が起きたあの日、携帯電話でヘリコプターの要請の為に
声を張り上げていた白鳥圭輔は落ち着いた調子で言う。
「まあな。それよりも早く犯人を見つけてくれ」
まだ、センター長の肩書きのままの速水晃一は少し余裕なく答える。
どんなときでも、冷静沈着だった彼だが今回ばかりはお手上げだった。
自分のところへ届いた謎の怪文書。
まさか、こんなことに巻き込まれるとは思ってなかった。
自分だけならいい。自分が痛みを負うならいい。
しかし、今回は患者が人質に取られている。
現にもう二人も怪文書の通り急変している。
何が目的か?犯人は誰か?
患者が相手なら天才的な彼でも、こんな人間相手だとお手上げになり
白鳥に頼らずおえなかった。

「わかっているさ。必ず捕まえる」
早く解決したい気持ちは、速水と同じように白鳥も持ってい

「神宮寺さん。お昼ご飯の時間ですよ」
そう言って救命救急センター花房看師長はおぼんをもち現れた。
「あぁありがとう。えーっとはな・・ぶさ・・さんでよかったかな?」
「はい、花房美和です。看護師長をしております。
何か困ったことがあれば何でもおっしゃってください」
「ありがとう。君は見るからに優秀そうだね。
しかし、あの速水の下で苦労しているんじゃないかい?」
彼は、コンビナート爆発炎上事故に巻き込まれ負傷した患者。

偶然にも、白鳥と速水の恩師でもあった。

「そんなことありません。速水先生は優秀な方です。
先生の下で日々勉強させていただいています」
「ずいぶんといい部下を持ったんだな、あいつは。
きっと君とあいつの相性がいいのだろう。
腕はいいが人間的に癖のあるやつだったからな」
神宮寺が喋る若い頃の速水の話に、花房は心躍らずにはいられなかった。
自分の知らない、まだ若い頃の速水先生の姿。
きっと、この神宮寺さんがおっしゃるように癖のある人だったのだろう。
想像するだけでなんだかおもしろくなってきた彼女は、
ちょっぴり笑みを見せた。
そんな彼女に神宮寺は何かを感じ取っていた。
「それより、例の件は大丈夫なのかい?白鳥から聞いたが・・・」
神宮寺は、白鳥から怪文書の件、実際に急変した件を聞いていた。
「今、白鳥さんと田口先生が“原因究明中”です」
ほかの患者にさとられてはならないので、花房はわざとらしい言い方をした。
「田口くん・・・あぁあの心療内科医の彼だね。彼も速水と同じように癖のある
白鳥とうまくやるほどだ。よっぽど優秀なのだろうな。
ここは本当に優秀な人間揃いだ。さすがだよ」
花房はさっきとは違う表向きの笑顔を見せた。



「白鳥さん何かわかりましたか?」
白鳥は心療内科の田口のデスクがある部屋で、
パソコンに映る監視カメラの映像とにらめっこしていた。
白鳥と田口の推理でだいたいの時間はつかめた。
この時間、この映像の中に犯人がいるはずだ。
何かを掴もうと脳みそがフル回転をするが、空回りで何も掴めない。
まだ、何かが足りない。真実を掴むためには、足りないピースがある。
白鳥は、田口の言葉に軽く答えて自分の世界へ浸り込んだ。
焦っているのは白鳥も一緒だった。次は本当に死ぬかもしれない。
犠牲者がでるかもしれない。早く犯人を見つけなければ。






「・・・・・」
ロリポップキャンディをなめながら、
速水も自分の世界へ浸り込み廊下を歩いていた。
物事がハッキリしないのは好きじゃない。
いらいらする・・・・・。
「どさっ!」
物が落ちる音がした。
現実世界に戻った速水の目の前には車いすの女性がいた。
膝に乗せていた書籍類が落ちたのだ。
「あっ」
さっと速水はその本を広い彼女に渡す。
「すまない」
「・・・!速水くんじゃない?」
「?」
知り合いなのか。気軽に呼ばれる。
誰だろうか?知っているような気がするが・・・。
「あっ忘れたの?私のこと」
自分と同世代の女性。見覚えはあるのだが。
「川嶋亜紀よ。忘れたの?
確かにもう20年ちかく前の話になっちゃうけど」
あっ・・・・医学部の同期、川嶋亜紀。
思い出した。
「久しぶり」
「お久しぶりで。元気そうね」
「もしかして、コンビナート爆発炎上事故で運び込まれたのか?」
「えぇ、元医者が情けないわ。救急車で運ばれてね」
あの日は、とてつもない混乱状態だった。
俺以外の医者が担当したのだろう。だから、分からなかったんだ。
もっとも、自分がみていてもあの状況で気づくことはできなかっただろう。
「脚をやったのか?」
「軽い骨折に、頭を打ったみたい。
あと、ガラスの破片であちこちを切っちゃってね」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。もう、手術もすんだし経過も順調だって言われているから」
「そうか・・・」
少なからず安堵した。
やはり知り合いが事故に巻き込まれていたと知ると驚いてしまう。
「その格好ってことは・・・救命救急で働いているの?」
「あぁ、一応まだセンター長だ」
「まだ?」
「辞める事になってたんだが、この事故がちょうど起きてしまって。
今は延長している状態だな」
「そうなの・・・辞めた後はどうするの?」
「他の病院へ行く」
「速水君は偉いわ。私なんてとっくの昔に・・・」
「医者・・・辞めたのか?」
「えぇ結婚を機にね。離婚しちゃったけど。もうふんだりけったり」
「そうか・・・」
川嶋は、白鳥までは行かなくてもかなり優秀な医学生だった。
医者としての可能性を感じていたのも事実。
残念な気持ちが確かに芽生えた。





「速水先生!お願いします!」
看護婦が走って彼を呼びにきた。
「あぁ、今行く。悪い、俺行くから」
「えぇ、会えて嬉しかったわ」
なぜか、速水は“嬉しかった”という言葉に何も返せなかった。



―翌日―
白鳥は、また心療内科のソファで眠っていた。
「・・・・・」
田口はそれをどうするべきかと悩んでいる。
白鳥が今精神的に疲れきっているのは、長い知り合いとして、
また心療内科医としてよく分かっていた。
「ん?・・・う・・ん?」
目が覚めたようだ。田口は安堵する。
「白鳥さん、起きてください。ここはホテルじゃないんですよ!」
「なに、グッチー僕がどれだけがんばってるかわかってくれないの??」
「それとこれとは別です!!ここをホテル代わりにされては困るんです!」
「グッチーひどーい!」
明るく見せる白鳥は、見つからないひとつのピースに
かなり苦しんでいた。



―救命救急センター―
沢山の医師と看護師が行き交っている。
まだ、危ない状態の患者が多いのだろう。
彼女はそう悟った。川嶋亜紀はもう一度と速水に会おうと、
救命に来ていたが自分が場違いに思えてきて引き返そうとしていた。
救命以外の患者、しかも車椅子だとすぐに目に付く。
「どうしました?どなたかのお見舞いですか?」
そう、声をかけたのは田口だった。
「あっ、いえ、速水先生に用事があったんですが・・・
皆さんお忙しいですよね。私出直してきます」
申し訳なさそうに、彼女はそう答える。
「速水先生のお知り合いですか?伝言でも伝えておきますか?」
「いえ、大丈夫ですから」
そう喋っていると、やはり目に付いたのか
神宮寺の点滴のチェックをしていた花房が寄ってきた。
「どうしたんですか?田口先生」
「あぁ、花房師長。実は、速水先生にお客様が・・・」
「お名前お伝えしておきます。車椅子で来られて大変だったと思いますし」
「あぁ・・・川嶋です。川嶋亜紀です」

その言葉は、神宮寺の耳にも届いていた。
「!川嶋くんかい??川嶋亜紀くんかい???」
驚きの声が響く。
その声に田口と花房も驚く。
車椅子を動かし、顔が見える位置まで移動する川嶋。
「神宮寺先生ですか???どうしてここに???」
「君こそどうして・・・?それにしても、なんだか懐かしい顔ばかりだなここは」
神宮寺は、驚いている田口と花房に教えた。
「彼女も、教え子なのだよ。速水、白鳥と彼女は医学部の同期なんだ」
「そうだったんですか!?あっ、もしかして事故でうちの病院へ?」
「えぇ、元医者が情けない限りよ」
「川嶋君、私も同じだよ。救急車に乗せられた時は
逆の立場でいるべき自分が・・・と情けなくなった」
「はい、本当にそうでした。それにしても何故白鳥くんの名前が出てくるんです?」
「あぁ、実は速水先生の他に白鳥さんもいるんです。ただ医者ではありませんが」
「役人に・・・なったのかしら?」
「えぇ、今は厚生労働省で働いています」
「そう・・・白鳥君もすごいわ」
「君はどうしていたんだい?川嶋君」
「私は・・・結婚を機に医者を辞めて・・・でも、去年離婚したんですよ」
「そうだったか・・・。今から現場に復帰する機はないのかい?」
「いえいえ、もう何年も現場を離れていますから・・・」


そんな雑談をしていると、ちょうど白鳥がやってきた。
「グッチー!」
「あっちょうど良かった、白鳥さん。お知り合いが来てますよ」
なんの話?という顔をして、誘導されるがまま彼女の顔を見た。
「お久しぶり、白鳥君」
少しはにかんで、彼女は言った。
「あーえーっと・・・・」
「白鳥君も?ひどいなぁ、忘れたの。私のこと」
白鳥は、少し困惑した表情を見せた。
「白鳥・・・忘れたのか彼女のこと。川嶋君くんだ。川嶋亜紀くん」
すっと記憶の奥を探り、彼女の顔を探し出す。
「あっ!亜紀ちゃん!久しぶり!」
「速水君と一緒でひどいわね。私は忘れていなかったのに」
「いやぁ、さすがに20年近くたつからさ。ごめん、ごめん。
それにしても、あいつも忘れてたの?」
「えぇ、ひどいわよね」
「そうだね、元カノなのに」
「まぁ、昔から私より医療にしか興味のない男だったけどね」
「あはは、思い出した。確かにそうだったね、あいつは昔からそうだ」




「元カノ?」



花房がポツリと言った。
みんながふと彼女を見る。
それに気がついた彼女は慌ててその場を去った。



和泉は、彼女が急いでセンターを出て行く時すれ違い様子が違うことに気づいていた。





速水は自分のデスクの部屋のドアを開けた。
ぱっと書類が山積みのデスクの上を見る。


茶封筒だ・・・・・・。


さすがの速水も、神経がぞくりとするのを確かに感じた。
恐る恐る怪文書を読む。







―警告。速水晃一へ。―

明日、夕方最愛の人が急変し、死亡する。

これは、私からお前に対する最後の警告だ。

愛する人を、天才速水先生は救えるかな?






・・・・・・・・・・・・・。
最愛の人?誰のことだ?
患者の特定ができないぞ。
少なくとも、今救命にいる患者にそんな関係の相手はいない。
しかも、はっきりと死亡すると予告してきている。
今までの流れからみて、ありえる事だ。
「ガチャっ」
ノックもなしに白鳥が入ってきた。
「お前いい加減ノックというものを覚えろ」
「まぁまぁ、お前も会ったんだろ、懐かしい人に」
「そんなことは、いい。これを見ろ」
バッと怪文書を渡した。
「また、来たのか??」
「あぁ、俺もつきさっき見つけた。日付は明日の夕方になってる」
「最愛の人・・・・誰か思い当たるか?」
「誰も。そんな相手いない」
「だろうな。一体どうしたら・・・・。
これでは相手の特定がまったくできない。
まるで、ターゲットを救命救急センターを出て
東城医大全体の患者がターゲットになってしまってる」
「・・・・・」
速水は眉間にしわを寄せる。
一体何を意味しているんだ?
「最愛の人、恋人以外でも知り合いくらいはいないか?
犯人はそれを勘違いしているのかもしれない」
「知り合い・・・・あっ!」



「川嶋!」
「亜紀ちゃん!」

二人は同時に気づいた。
「速水、亜紀ちゃんと再会したのはいつだ?」
「昨日の、昼間だ。廊下で偶然」
「その時、何をした?」
「軽く話をしただけだ。その後、すぐに看護師に呼ばれて戻った」
「多分、その場を見ていたんだ。それで速水の彼女と勘違いしたんだろう」
「まさか・・・・川嶋がターゲットだとでも言うのか?」
「他に、あてがあるのかよ?昨日の昼間目撃して、その後怪文書をつくり
今お前の手元に置く。充分に可能な話だ。彼女に何かを仕掛けるにも
準備ができる」
「・・・どうする?」
「おいおい、速水どうした?
まずは、彼女の担当の医師に会うことが先決だろ。
安心しろ、お前はここを離れられないだろ。
俺とグッチーで調べてみる」
「・・・・・頼む」

速水の異変に確かに気づきながら、そのまま部屋を後にした。

速水は、自分の脳みその奥底に眠っていた彼女との記憶を思い出していた。




「晃一君」
当時、彼女は速水のことをそう呼んでいた。
流れに任せて付き合い始めた二人。
医学部では、女子の中ではトップの才能を見せていた。
周囲の期待も大きく、将来を有望視されていたそんな存在だった。
ただ、医学部全体で見れば速水と白鳥がずば抜けており、
彼女はいわゆるトップ3だった。
将来を有望視された二人が付き合っていたのだから、
医学部内でもそれなりに有名なカップルだった。
「なんだ?」
「聞いたよ、教授のオペに駄目だしして大変だったんだって?
退学寸前だったとか。神宮寺先生が助けてくれなかったら
どうするつもりだったの?」
あぁ、そのことかっとあまり気にしていない様子だった。
「晃一君もさ、もう少し軽くやりなよ。世あたり上手にならなきゃさ」
「興味ない」
「また、それだよ。彼女として心配しているのに」
彼女・・・・そう、彼女は俺の恋人であることは確かだ。
でも、どこからが始まりだったかはよくわからない。
興味が・・・・なかった・・・・。

「晃一君!」
「あぁ、何?」
「人の話聞いてないでしょ」
「そんなことはない」
「今度の休みどっかいこうよ」
「レポートをやりたいから無理」
「じゃあ次の休みは?」
「教授の講義がある」
「休みなのに?」
「特別講義だよ」
らちのあかない会話。
彼女は次第にいらいらし始める。

「亜紀?どうした?」
「晃一君さ」
「ん?」
「別れよっか。私たち」
驚きはごくわずかですんなりと受け入れている自分がいた。
「何故?」
そう言葉を返す自分は本当に冷静だった。
「私に、興味がないよね晃一君って。何を見ているの?」
「何の話だ?」
「晃一君はどっか遠くをみて、自分の世界の中で生きている。
もっと周りを見てよ・・・・。私を・・・見てよ・・・・」
「・・・・」
「でも、今の晃一君には無理だよ。だから、別れよう・・・」
「・・・・」
「ねぇ?速水君」
その瞬間から彼女は俺を苗字で呼ぶようになった。
あの時はずいぶんと白鳥にもとがめられた。
白鳥も彼女と仲が良かった。
あの後、何人にも“何故別れたんだ?”と聞かれたな。

懐かしい・・・・遠い遠い日の思い出だ。
卒業した後、医師になったと聞いていたが辞めたのか。
残念だな・・・・彼女は確かに才能豊かな女性だった。
苗字で呼ばれたあの時の、彼女の顔を思い出した。
なんともいえない表情をしていた。

亜紀・・・・・・・。





―川嶋亜紀担当医―
「では、現在は状態もいいんですね」
田口と白鳥は彼女の担当医師に話を聞いていた。
「えぇ、このままいけば一ヶ月ぐらいで退院できます」
「突然ですけど、最近こここの科で不審者を見かけたことは?」
「不審者?何をいってるんです?」
「答えてください」
「そんなもの見てませんよ。部外者がいればすぐに目に付くし」
白鳥は眉間にしわを寄せる。
「とにかく、たった今から彼女の管理を厳重にしてください」
「何を言ってるんですか?あなた?」
「これは、厚生労働省の白鳥圭輔としての要請です」
白鳥は強引に要求を飲ませた。
白鳥も、旧友である川嶋を守りたいという気持ちは同じだった。

確かに、彼女と決まったわけじゃない。
しかし、他に考えられる人間がいない。
今は、考えられる可能性にかけるしかない。

彼女かのしれないのなら、
彼女を全力で守りたい。






―深夜―
速水は、無心の境地で救命救急センターをふらついていた。
患者たちはみな寝静まっている。
自分の専門外の事が起きている。少し頭が混乱もしている。
昨日再会する瞬間まで、忘れていた昔の恋人。
しかし、怪文書のターゲットは彼女しか考えられない。
あのころ、愛していたかと聞かれれば確かな答えは出ない。
当時の、俺は今以上にひどく周りが見えていなかった。


助けたい。
犯人の馬鹿げた挑戦にも腹が立つ。
再会したことが原因なら、
出会わなければよかったのか。



「速水君」
そう呼んだのは神宮寺だった。
「神宮寺先生」
「大変そうだね、疲れているんじゃないか?」
「いえ、そうでもないです」
「白鳥君から話を聞いた。大丈夫なのか?」
「今、全力で問題解決に取り組んでいます」
「そうか・・・・・、彼女と再会して昔を思い出したか?」
「えぇ・・まぁ」
「君たちはお似合いだと思っていたんだがな。
優秀だし、将来を期待されていた」
「・・・・・」
「まぁ、男と女のことだ。
他人が思うほど簡単ではなかったんだろう」



しばしの沈黙。


「速水君、君は昔から閉鎖的なところがある。
もっと周りに目を向けなさい。
君は医者としては天才だが、一人の人間に戻ったときに
周りの人間を振り回しすぎだ。いや、多分医者としても
周りを振り回しているのだろ?」
にやりと笑い速水が答える。
「まぁそんなところです」



「君の周りにいる人間は、君の思い描くチームのための道具ではない。
上に立つものなら一人ひとりの思いを考えてやりなさい。
強引すぎては反感を買うだけだ」


「君はチームを優先するあまり、そこにいる人間が人であることを忘れている。
しっかり目を見開いてみてやりなさい。周りの人間を」


“晃一君はどっか遠くをみて、自分の世界の中で生きている。
もっと周りを見てよ・・・・。私を・・・見てよ・・・・”

“私を・・・見てよ・・・・”

別れを切り出された日の、彼女の言葉を思い出した。


「女は難しい生き物だ。気をつけなさい」

「?先生、そういえば奥様は?」

「亡くなったよ、もう何年になるから。二年・・いや三年だったかな。
あまり深く考えないようにしているんだ。子供のいないからね、
結局私一人が残る形になった。寂しいものだよ」

「そうでしたか」

「私と妻は長年研究をしていてね、何年も昔にビーカーが壊れ
液体に接触してしまった。そのときはなんでもなかったが、
結果的に、そのときウイルスに感染していてね。数年前発症し亡くなった。
情けなかったよ。医学を志すものが、本当に救いたい相手を救えない。
何が医者だと自分を責めたよ」

「・・・・・」

「君も救いたい相手がいるなら全力を尽くせ。
もっとも君はいつでも全力で命と向き合っているがな。
弱気になるな。速水君、君らしくないぞ」

「・・・・・・・・・はい」









―警告。速水晃一へ。―

明日、夕方最愛の人が急変し、死亡する。

これは、私からお前に対する最後の警告だ。

愛する人を、天才速水先生は救えるかな?




救ってみせる。
俺を誰だと思っている。


―翌日―

「今のところ異常は無いようです」
彼女の病棟から連絡があった。
「今のところはまだ大丈夫か」
「このまま異常が無ければいいんですが」
「まだ、気は抜けないよグッチー」
「・・・・そうですね・・・・」






「・・・・・・」
頭の中がぐるぐると回っているのが分かる。
いつもの患者との緊張感とは違う。
守りたい人、助けたい人。
・・・・・・・彼女を守りたい・・・・。
何も起こらないでくれ。
頼む・・・・・。





白鳥はまた、監視カメラの映像を見ていた。
何度見てもつかめない真実。
自然とテーブルを指が叩いていた。













「速水先生!!!川嶋さん急変です!!!」
「!!!!!!」
田口が急いで彼に伝えるために走ってきた。
「川嶋さん急に倒れて、状態が急変したそうです!!」
「原因は??状態は安定していたはずだろ!!!」
「それが・・・・・」


「彼女の資料がすべて消えている?」
「はい、昨日までの彼女のカルテ、検査データ、レントゲン
すべてがなくなっているんです」
「どういうことだ?」
「わかりません、ただ資料がない分下手に処理ができずにいるようです!」
「くそっ!」


速水は、彼女の元へ走った。
「資料が紛失しているとはどういうことだ!!」
「わかりません!さっき取り出しに行ったらすべてがなくなっていたんです!」
「現状は?」
「今、できる限り緊急の検査をしています。
しかし、経過観察の試料がないとなんとも」
「そんなことでどうする!」



「白鳥、状況は聞いたか?」
「あぁ、でも一体何が起こってる」
「こうなったら、相手は本気だ。殺す気でいる」
「まさか」
「相手は俺を試しているんだ」
「どういうことだ」
「最悪の馬鹿を相手にしてしまったってことだよ」


白鳥は、一度田口の下に戻ろうとエレベーターへ急いだ。
アルバイトらしき資材部のスタッフがいた。
異常に、ボタンを連打している。なんだ?どこかで見たぞ?
「パッン!」
エレベーターのドアが開く。
アルバイトの男は中に入り、白鳥が入ってくるのを待つ。


・・・・・・・・・・・・・・。


彼は、エレベーターに乗ることなく、どこかへ走っていった。
エレベーターにはカチカチというボタンを連打する音が響いていた。







「・・・・・」
彼女が苦しんでいる。
息を荒くして、冷や汗をかいている。
「処置を急げ!検査も一番優先でやれ!!」
今自分がここにいても駄目だ。
原因、そして犯人を捕まえなければ。




「グッチーこれを見てくれ」
監視カメラの映像を見せる。
「これがどうしたんですか?」
「ここだよ、ここ」
白衣の医師がエレベーターを待っている。
よく見るとボタンを異常に連打している。
「ここに出入りしている資材部のバイトの男にも同じ癖が見られた」
「え?」
「多分同じ男だろう」
「まさか?!」







「速水か?」
「なんだどうした?」
院内携帯で連絡を取る。
「犯人分かったぞ。今こっち来れるか」
「・・・・・・もちろん」
胸の奥が熱くなるのを感じた。
怒りの炎。








「こいつか?」
会議室に行ってみると、白鳥、田口先生、そしてもう一人見覚えのある男がいた。
「ロッカーを調べさせてもらったよ。証拠になるものが山ほど出てきた。
救命に紛れ込むときに使った白衣に、注射器に、薬等。
あと、盗んだ検査資料。さぁ、これからどうするかな」
被告人席に座る男は、ニンヤリと不気味に笑う。
「名前は?」
「あっやっぱり速水先生は俺なんかの名前しらないっすよね」
「名前は?」
「ヨシハラです」
「何故、こんなことをした?」
ぐつぐつと速水の中で怒りが煮えたぎる。
「俺っ速水先生のファンなんすよ。ここクビになるって聞いて
マジで残念で。速水先生はどんな医者とも違う。ヒーローなんすよ」
「だから?」
「だから、最後に速水先生に挑戦しようって思って。
医者じゃなくてもここ出入りしていたり、あとネットとかで
医学の勉強して準備に時間をかけたんすよー。
でも、さすがっすよね。二つはさすが速水先生。クリアしていただいて♪」
「・・・・・」
「何故、最後のターゲットは彼女なんだ?」
「彼女なんですよね?恋人」

やっぱり、誤解を招いたことが原因だったのか。


「彼女に何をした?」
「先生なら分かるでしょ?」
「お前友達居ないだろ」
「はい?」


盗まれていた検査資料に目を通す。
そしてあった薬のビン。
それらを見て、推測する。

行こう。

「速水先生!俺期待してますよ〜!最後の問題、絶対解いてくださいね〜あはは!」
二人は、速水とヨシハラとのやり取りを無言で眺めていた。
ドアへ歩いて行こうとする速水。
ヨシハラの声でぴたりと止まる。





「ばしっ!!!」
振り向いた速水は、力の限りヨシハラを殴った。
「速水先生!」
「速水!よせっ!」
 
「いって〜」


「俺に挑戦するなんて、ふざけるな。
お前みたいな馬鹿に俺が負けるわけ無いだろ」



そういって彼は会議室を出て行き、彼女の元へ向かった。



偶然の再会だった。
それがこんなことに巻き込んでしまった。
俺が助けなければ。


俺にしかできない。





「さぁ、君をこれから警察に引き渡すわけだが」
白鳥も速水と同じように怒りがこみ上げていた。


「役人として君を警察に引き渡すが、
一人の人間としては・・・・・」

「人間としては?」

「憎たらしくてしょうがないよ」

「ふふ・・・あははははははははは」
不気味な笑い声が会議室に響いた。









「新たに検査した書類をみせろ!!」
彼女の病室まで走り、担当医を無視して指示を取り始めた。
「・・・・・・わかった。緊急手術だ」
「手術?!原因わかってるのか?!!」
「あぁ、時間が無い。準備をしながら説明する。手術室の手配を頼む」
「しかし、速水先生は救命救急センターの人間ですし」
「今、この患者を救えるのは俺だけだ!それでもその理屈をだすのか?!」
「救命救急センターはどうするんですか?」
「俺の作ったチームがいる。俺がいなくても大丈夫さ」


「さぁ、行こう」








―数日後―

川嶋亜紀は手術後病状も安定し、
前と変わらず車椅子で院内を自由に行き来していた。
彼女のお気に入りは屋上。
そこで、好きな小説を時間を忘れて読むのが好きだった。
自分の身に起きたことを思い出す。
必死に救ってくれた元カレ。

この数日で起きた突然の再会と、危機的状況。
まるで作り話のように思えた。


「そろそろ、時間か」


「亜紀ちゃん」
「あっ、白鳥君」
「身体、大丈夫?」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
「心配したよ、一時はどうなることかと」
「今日だよね?速水君」
「あぁそうだけど、あいつのことだから
何も言わずに行っちゃうんじゃないかな」
「センター長の部屋の前で待ち構えてたら会えるかな?」
「会えるんじゃないかな」
「一緒に来る?」
「遠慮しておきます」
「だよね、あはは」



「私、行くね。白鳥君もありがとう」

「亜紀ちゃん」

「ん?」

「無事でよかった」






「ありがとう」


ニコリと笑って彼女は速水のところへ向かった。








―センター長室―

デスクに、ロリポップキャンディを
花束に見たてたプレゼントが置いてあった。
チームからのプレゼントだった。
すると、ノックの音が響いた。
「はい」
ゆっくりとドアを開け入ってきたのは、
他でもない彼女だった。
「川嶋」
「速水君、よかった会えて」
純粋に笑顔を見せてくる。
「何か、用事か?」
「お礼をちゃんと言っておきたくて。白鳥君から聞いた。
いろいろとありがとう」
「気にするな、当たり前のことをしただけだ」
「私ね、確かに事故に巻き込まれたのも急変して手術になったことも
ついてなかったなぁて思うけど、再会できて嬉しかった」
「・・・・・」


脳裏にあの時の、別れを告げるときの彼女の顔がよみがえる。
彼女が俺に求めた答え。それを、考えることもしなかった自分自身。


「私、離婚して一人になったけど悪いことばかりじゃないって思えた。
考えたんだけど、体が良くなった現場に戻ろうと思って。
立派な病院は無理でも小さなことから医療の世界でやれることを
やっていこうと思う。これでも、医学生のときは期待されてたしね」

「・・・・いいと思う」

「え?」

「川嶋の才能はもったいない。今からでも充分に取り戻せる」

「なんだか、変な感じ」

「え?」

「付き合っていた頃、こんな風に速水君と喋れたこと無かったと思うから」

「・・・愛していたよ」

「え?」

「あの時の俺は、不器用でまともに川嶋と向き合っていなかったけど、
愛していたことは確かだよ」

「・・・・・・」

「がんばれよ」

「ありがとう」

「それじゃあ」

「また、いつか」

「あぁ、また」


パタンと、ドアがしまる。
彼女はしばらくその場で泣いていた。





―救命救急センター―
「・・・・・」
花房師長はやたら時計を気にしている。
「速水のやつ、やっぱり顔を出さないで行くつもりだな」
神宮寺は、まだ他の科への転科が認められず救命のベットにいた。
「花房さん」
「はいっ」
「君は速水のことが好きなんだね」
「なっ何をおっしゃてるんですか??!!」
「あんな男だ。好きになると苦労の連続だろう」
「あっ・・・いえ・・・・」
突然の指摘に彼女は動揺を隠せない。
「追いかけなさい。どんなときでもけじめはつけるべきだ」
「しかし、仕事が・・・・・」


「少しの間なら、私が穴埋めしておきますから」
突然、話に割り込んできた。
「和泉先生!」
「追いかけたらいいんじゃないですか?」
「でも・・・」
「速水先生も薄情者ですよね。
ジェネラルルージュの伝説は花房師長がいなかったら
無かったかもしれないのに、その花房師長をほっておくなんて」
「彼女もこう言ってることだし、行きなさい」


「・・・・・・・はい」


彼女は、速水を追いかけ走り出した。


「君も、速水が好きなんだね。なんだか、あいつはモテるな。
腹が立ってきたよ。あはは」
「もう、コリゴリですけどね」
二人で笑っていると長谷川先生がやってきた。
「和泉ちょっといいか、この患者さんの件なんだえど」
「長谷川先生・・・・・」
「何?」
「男紹介してください」
「はぁ?」
「あっ、医者以外で」
「それだったら聞く相手間違ってると思うぞ」
「確かに」

また、彼女は笑って見せた。
踏ん切りがついたように、すがすがしい笑顔だった。





「はぁはぁはぁはぁ・・・・・」
エレベーターで一階まで降りて、走って速水のところまで急ぐ。
「速水先生!!」
大声で呼んだので、回りの通行人も彼女を見た。
「花房・・・どうした?」
「私・・・私・・・」
「・・・・・・・・」



「先生のことずっと待っていますから。
ここで先生の帰りを何年でも待ちますから。
絶対に戻ってきてください・・ね・・・」

言葉を言い終えるところで、涙が溢れ出した。

「・・・待って・・ます・・・から・・・」

拭いても拭いても涙が止まらない。

「花房・・・・・」

“君はチームを優先するあまり、そこにいる人間が人であることを忘れている。
しっかり目を見開いてみてやりなさい。周りの人間を”

先生の言葉を思い出す。
自分のために証拠隠滅までした女。
自分の行いに何の迷いも無く加担した女。
あの日、佐々木さんが亡くなった時花房の姿を見て
かばいたい、守りたいと思った女。
これを、愛情と呼ばずになんと呼ぶ。


「せんせいっ!」
バッと引き寄せて、彼女を抱きしめる。

「必ず戻ってくるから、チームのあいつらを頼む。
お前を必ず迎えに来るから、待っていてくれ・・・」

「・・・・・・・はい・・・・」

しっかりと目を見開いて、
俺は目の前の女と向かい合う。
昔できなかったことを。
言えなかった言葉を。











目を見開いて、目の前の人間を見ろ。
でなきゃ、誰とも向かい合えない。
向かい合えなきゃ、救うことも愛し合うこともできない。
それが人間というものだ。




END




はいっ、やっと終わりました。
1月3日に正月無視で8時間かけて書きました。
なぁんかSP物足りなくて、
その気持ちをぶつけさせていただきました。
まずサブタイトルからして、速水先生の
元カノが出ると勝手に勘違いしていたから、出したかった。
あと、花房師長とのなかどうなったんだよ、
和泉先生は?どうなのよ?と足りなかった。
救急救命スタッフはキャンディの花束でOKでも
二人は足りない気がした。
映画版のような速水の人間性、男としての速水を書きたかった。
だから、言葉で言わせたかった。そんな速水みたいなぁ。
実際ではグッチーが全部持っていったので、
小説では速水と白鳥を中心でかきました。
あと、医学知識が全くないので(あたりまえ)
川嶋亜紀の病状をキチンと書けず飛ばしました。
速水先生を困惑させる病状なんて馬鹿な私には思いつきませんvv
私の考えでは、ジェネラルが東城医大をさった後、
神宮寺先生が急変。ジェネラルがいないチームがそこで腕を試される・・
そんな感じです。

ジェネラルの続編が無理なら、中村トオルさんと西島秀俊さんで
映画とかで再競演してほしいなぁ。あぁもちチビノリもいてほしいよ!
でも、二人でサスペンスものとかあとは〜ラブストーリーとか。
可能性はいろいろ。とにかく再競演求む!

ではでは、ありがとうございました。
これからも、がんばります!

 

追加>
今回の目的は、「元カノ」登場と
「犯人を殴る」です。本編で速水先生に殴ってほしかった