「伊達と来栖。」




夜道。
猫が一匹歩いている。


真ん丸な月に照らされて不気味に見える。

人影がすっと現れる。


黒い帽子をかぶって、影でより顔が見えにくい。



「吉島英彦さんだね?」



黒づくめの痩せ型の男が一人現れる。



「なんだよ」



ナイフのような不気味な目で睨みつけてくる。



「何もんだよ、あんた」



無言。



「あっ!取り調べの時すれ違った兄ちゃんだろ!」


ふと、笑顔が出る。
しかし、より不気味な顔だった。



「お前が、何人も女を殺したんだろ」



もう一人男が現れる。


「あ゛?」



「お前が、鈴木紅葉さん、久瀬志奈さん、江島琴美さん…他5人の暴行、傷害、放火し殺害…犯人だね」

「だから?」

「お前が犯人だって事は分かってんだよ」

「法をうまくすり抜けても、お前の罪は消えない」

「カッコつけんじゃねぇよ。俺はもう無罪だろ。俺が犯人だって証拠なんてねぇくせに」

「暴行の後、放火し殺害。確かに証拠はのこんねぇわな」

「明確な証拠がなくても、それがすべてじゃないんだよ。君は君の見えない場所に確かに足跡を残していたんだよ。俺たちはそれを追っただけだ」





「…だから?」






キィっと睨みつける。


すっと黒い物体を男は出した。


「お前何してんだよ!そんなことしていいのかよ!警察だろ!」




「お前が明日を迎える度、遺族の十字架は重くなる」





「だから、奪う。
お前に明日は来ない」




出したものは、拳銃だった。
一発打ち込む。
麻酔銃らしい。




撃たれた男は倒れた。







「じゃあいつもどおりで、伊達さん」

「あぁ…」




黒い猫が暗闇の中、目を不気味に光らせすべてを見ていた。









車に男をつみ、乗り込む二人。
また、黒のワゴン車は闇に消えて行った。















来栖宅。


胸騒ぎを抱えたまま帰るのは気分が優れず、コンビニで酒を買って帰ってきた。


ぼんやりと昨日の夜のこの部屋の風景を思い出す。そこには確かに、伊達が居た。



なんだろうか…
胸騒ぎが酷い…
余計に酒を煽ってしまう。




自分の手の平を眺めていた。
確かに伊達に触れた手。
でも、今日は結局会わなかった。



時々、ひどくイラつかされる。
アイツは、いっつも捕まらない。
捕まえられない。



俺の見ている伊達が本物かどうかが、よく分からない。


触れたいが、
触れてはならないような…
踏み込んではいけない
“伊達一義”という世界を持つ男。




「…ウザイ」



とことん、ウザイ。
ここまで、俺を悩ませるあいつはウザイ。
ウザくてウザくて、ウザイ。


そうやって、アイツのことばっかり考えて…アイツのことばっかり考える。



ウザイ。
そうさせるアイツはウザイ。
そして、執着する俺はもっと…ウザイかもな…。




テーブルに沢山の空き缶。
何本ビールを飲んだだろう。



気がつけば、携帯を持っていた。


気がつけば、アイツのナンバーが表示されていた。





ゆっくり…携帯を持ち上げ…伊達に電話をかけた…。





…港…。



伊達と久遠は、裏の奴らに犯人を引き渡す。その者の顔は、マスクやサングラス、帽子がしていて顔がわからない。



あの頃と変わらず、船は出向しあの島へ行く。ただ、一名だけ人物が違うだけ。



伊達は、胸の奥に確かな虚しさを感じた。


しかし、彼にとっては慣れっこになってしまっていた。あまりにも多くを失ってきたから。
悲しいという感情があっても、胸のずっと奥の方が…まるで死んでしまったかのように。
死を目の前にするたびに、何かを失うたびに、同じようにどこかが死んでいって消えていく。冷たくなっていく。



そんなことを考えながら、去って行く船を眺めていた。





「ピピピピピピ」
突然、伊達の携帯の着信音がなる。



来栖…と、表示されていた。



しかし、彼は出ない。


伊達は来栖との関係に線を引いていた。今は、来栖の知らない自分。知られたくはない。




すべての十字架を取り外して自由で居られる時間。それが、来栖との時間だった。



だから、線を引く。





ごめんと一言、胸の奥でつぶやいて携帯を切った。




伊達は、久遠はいつものラーメン屋に急いだ。






そして、夜はふけてゆく。



















鳴らなかった携帯。
来栖はまだ少しぼーっとしていた。
無性に気になってしょうがない。


「近辺住民聞き込み、情報収集担当、来栖、佐々木。報告を」



「はいっ!」



最近、連続して発生している窃盗、暴行事件の捜査会議だった。多発しているため、それをいち早く逮捕するべく、朝一の捜査会議だった。



もちろん、アイツは居ない。


警察手帳にメモった情報を目で追い、口が動く。しかし、脳みそは鳴らない携帯を思い出していた。
最初に切られてしまい、火が着いたように後二回かけた。



なんだ?
出ない上、切るなんて。
そして、返信もなし。
腹が立つ。



伊達の奥に、俺が手を触れてはいけない世界があることには気づいている。漠然としているが、アイツは俺の前でそれを隠して付き合うからだ。


だけど、バレバレなんだよ。
俺だって刑事だ。
人を見抜く力ぐらいある。


何かを一人で抱えて、笑って、でも本当は苦しんでいる。




ウザイな…。
いや…俺が…。




いい大人が、しかも同性に惚れた自分が…惚れた弱みというやつか…。





会議は中盤。終わり次第また聞き込みに行かなくてはならない。




来栖は帰ってき次第、伊達を必ず捕まえる…捕まえて話をすると決めた。





昼。



伊達やっと出勤。


「伊達さぁ〜んまた遅刻ですか?」
婦警の子が話し掛けてくる。
「違う、違う。聞き込み、キーキコミ!」
「聞き込みって、今日は朝から会議だったんですよ。いつもだけど、またでないんですからぁ〜」
ぽんっと肩を叩かれる。
「イタタ…まぁ居ないほうがいつもどおりだし」
笑ってごまかす。

「みんな怒ってましたよ〜。知らないですからね。来栖さんなんて得に!今日はみんな気まずかったんですからね!」

「来栖が?」

さすがに聞き流せずにはいられない名前。やっぱり怒っているよな…。適当な言い訳は用意してきたが、受け入れてくれるか…。

「来栖たちは?どうしたの?」

「会議の後、聞き込みに行きましたよ、みんな。昼ぐらいには戻ってくるって言ってたけど、
多分みんな手をやいてるんだと思いますよ〜。さすがに、範囲が広いし人も多いし」


夕方…くらいか…。
無かったことにはするべきじゃない。
ちゃんと顔を見て謝った方がいいな。



来栖に手をやいている…いや…つなぎ止めておきたい相手。来栖の性格を分かった上で関係を結んでる。

安らぎがあった。
彼のそばに居られたら。

背負った十字架をほんの少しでも、取り外して身体が軽くなるような…そんな感覚に安らぎを覚えた。

来栖の優しさを知っている。
それが、愛おしいと思う自分がいる。






どんな顔をして、どんな言い訳をしようか…。許してくれるかな。




失いたくない、来栖と言う安らぎの居場所。



自分の中に潜む闇を知らない彼だから、俺はゼロになれる…。






「じゃあ、出て来るよ」
「えぇ!?折角きたのに?みんなで中々伊達さんが捕まらないってイライラしてましたよ〜」
「あはは、夕方には戻るから。書類の整理もしないといけないし」



そう言って、久遠に会いに行き二人で出て行った。













夜。
伊達は来栖を待っていた。



朝、会議になった事件の犯人が緊急逮捕された。来栖の聞き込み周り中、
担当した範囲に犯人が居たのだ。はじめは落ち着いて居たが、次第に動揺しはじめ…結果的に逃走、追跡、格闘…やっとの思いで逮捕。
しかし、格闘の際…犯人がナイフを出した末に、来栖は負傷したらしい。犯人は、高揚状態、また精神疾患が疑われるため病院にいる。


他捜査員は、犯人に張り付いて病院に居たり、あとは現場にいるようだ。






「おかえり」


来栖が帰ってきた。
彼は目を丸くして、一瞬驚いた表情をした。


「何してるんだ」


表情を戻し視線を反らす。
気まずい空気が流れる。


右手…真っ白な包帯がまかれていた。
胸の奥がズキンと痛んだ。




「仕事…いや…待ってた。一度こっちに来るって聞いたから」



「…」




「待ってた」




「…」




「手…大丈夫か?」




いつものような嫌み一つ出てこない。
言いたい本音はあるが、来栖の性格からしてそれは無理だ。




「お前」





「ん?」





来栖は伊達に近づいた。
すっと手を握る。
そして、無言で引っ張りどこかに連れていった。




「来栖なんだよ?!」




すたすたと連れて行く。




ある場所に着き、ドアを開け強引に伊達を引き入れた。すっとドアに鍵をかける。




ドンッ!!



壁に力任せに伊達を押さえつけた。


驚きを隠せない。




包帯が巻かれた右手も力任せに壁にあてた。大丈夫なのだろうか…。



しばし、無言の時間が流れた。
















「お前さぁ…」





「えっ?…」





そう言った途端、来栖は強引にキスをした。鍵をかけた事を知らない伊達は必死で抵抗する。



「来栖やめっろって!誰かきたっらっ!」



「この時間に誰も来ないだろ。ここなんかに」



また、キスをした。
両腕を掴み、強引に…。



そこは、時効事件の書類室だった。時刻は7時を回ってる。来栖が言うように誰かがくるなんて、そうあることではなかった。




「くちゅぅ」


しつこく、執着したキスだった。


息が出来ない。
苦しい。



「はぁはぁはぁ…」



やっと解放されたと思えば、包帯の右手で顎を捕まれた。



「なんで、電話切った」



「あっ…悪い…。いや…寝ぼけてたみたいでさ。今日会ったら話そうと思ってた」




説明…ではなく…言い訳…だと自分でも思うほど情けない言い分だった。




「…そうか」




納得したのか?
いや、今のはあからさまに嘘臭かった。




「一義」



突然名前を呼ばれる。
表情が少し柔らかくなった。




「悪い」



「何が?」


「痛かったか?」


「刑事なら慣れっこだよ」



「…」




また、無言。
見つめ合う二人。






来栖は優しく伊達を抱き寄せた。





あったかい…。





安らぎ。




伊達にとって来栖が安らぎの存在なら、来栖にとっても同様だった。



抱き合えば幸せを感じる。



伊達が嘘をついていることはよく分かっていた。隠している。それに腹がたつのも事実。




しかし、まる一日伊達の事ばかり考えていた。そんな緩んだ気持ちが、
この右手の傷だった。一瞬の油断。最悪だと思った。


だが…今一義は腕の中に居る。
それを幸福と感じる自分が居る。




一義が隠したいのなら…もうそこに執着するべきではないと思えた。そんなことより、幸せが勝った…。




やっぱり惚れた弱みというやつか…。



厄介なやつを好きになったものだな…。



あったかい…。
もう少し…強く抱きしめた。





抱きしめかえしてくる、一義。



お互いに幸せの温もりが溢れていた…。





とにかく、来栖が伊達のことが大好きなんです。
伊達はその愛情に甘えているイメージです。
伊達さんは甘えることをしてこなかったから、
甘えさせてくれる来栖が大好きなんです。

そんなイメージ。